ふたつの喜びと終わりなき向上心
――何が松本さんを次への作品づくりへと動かすのでしょう。
松本仙翠氏:
やはり喜びです。作品を仕上げた時と、それがお客様の目に触れ、届けられる時とふたつの喜びがあります。どちらの喜びも欠かせないもので、どちらか一つでは成り立ちません。自分が作ったものには責任があるので、その証にと作品には仙翠の號を刻印しています。
また、人に負けたくないという想いも私を動かす力になっています。べっ甲の世界でも技術の向上には限りがありません。技術を向上し続けなければ負けてしまいます。親方と弟子が同じ技術であった場合、弟子が独立すると技術を全部持って出るわけです。すると対等か、もしかしたら弟子の技術のほうが上かもしれない。その時に親方は弟子よりも上にいかなければならないので、終わりはありません。一生修行で、挑戦の連続です。
進化して受け継がれる伝統工芸
――挑戦は続きます。
松本仙翠氏:
伝統工芸というのは、先人たちの進化の受け渡しです。どこかの時代で終わってしまったものを受け継ぐだけでは、途絶えてしまいます。技術、工法を受け継ぎながら新しいことに挑戦していく。そうした試みが、新しい“伝統”を生んでいくのだと思っています。
私は、今までの作品と工程を全部図面に残しています。技法を変える時も、後で困らないように流れがわかるように記録しています。寸法が違ってくると、仕上がりも変わってくるので、頭の中だけではなく、全部書き起こして残しています。どういう形で使われるかはわかりませんが、やはりあとに続く人に残しておきたい。
もちろん一生現役なので若手もすべて、よきライバルだと思っています。その良きライバル、作り手たちがいるからこそ、励みになります。業界があるからこそ自分の技術が比較できる、競争相手がいて、切磋琢磨できるから良いものを作ることができる。業界があってはじめて、その中で自分が輝けると思っています。
ところが今、源材料そのものが輸入できない状況にあります。材料がなければ、どんなに作りたくても作れません。業界全体の未来のためになんとかしたいと、石垣島で玳瑁(タイマイ)の養殖事業を始めていますが、今はこれを成功させたいと思っています。
もう試作品も作っていますが、石垣島のミンサー織など現地のものとのコラボレーションで何か新しいものができないかと、やはり頭の中は新しい何かをやりたいという気持ちでいっぱいですね。
(取材・文 沖中幸太郎)