使い手とともに進化し成長する竿づくり
川崎幹生氏:
私が作っている竿は、「道具」であり、それを使う人、池や川の環境、魚の大きさによって千差万別です。また、同じ材料を使っても、職人さんが40人いれば、40通りの竿が出来きます。ひとつとして同じものはなく、可能性は無限大にあります。ですから「これで終わり」というのはありませんし、常に進化しなければなりません。
また、使い手あっての竿なので、お客さんの要望に応えられるものを作らなくてはいけません。ちょうど今手元にあるのは、お客さんから送られてきた修理のものです。この壊れた竿を見ながら、どんな風にして壊れたんだなとか状況も見えてきます。一本の竿を通して、お客さんと会話をしているような感じです。
竹竿を扱ったことのない人のなかには、折れたり曲がったりを心配される方がいるかもしれません。もちろん自然のものですから、絶対はありませんが、それに耐えるだけの丈夫なつくりに仕上げています。どんどん使って欲しいのです。それでも、壊れた場合は、どうぞ送ってきて頂きたい。しっかりと修理させて頂きます。
――「東峰」「玉成」の銘は、終わらないという証でもある。
川崎幹生氏:
終わりませんし、私もその中で勉強させて頂きたいと思います。私が作った竿をお客さんが使ってくださって、育てられているのだと思います。
裾野を広げる 新たな挑戦
――2015年、紀州製竿組合の組合長に就任されました。
川崎幹生氏:
紀州へら竿が、平成25年3月に国の伝統的工芸品に指定されもうすぐ3年を迎えますが、まだまだPRが不十分だと感じています。組合長に就任して、自分に何が出来るかを考えています。
今まで以上に、竹竿を愛する人が集う場を、話の聞ける場を作りたいと思っています。今までも催し自体はやっていましたが、もっと、竹竿愛好家に限らず初心者にも門戸を開いた釣り大会などを催して、この世界の裾野を広げていきたいと考えています。
知らない人間は放っておくというのでは、自らの世界を閉ざすことにもなりかねません。そこに使い手の存在がなければ成長しませんし、道を追求するだけでは、自己満足のまま終わってしまいます。そうした交流の場から、創造もしなかった新しいものや、取り組みが生まれてくるのだと思います。どうなるかわからないものでも、決してゼロではありません。紀州へら竿を愛し携わるものとして、これからもそうした挑戦を作品づくりとともに進めて参りたいと思います。
(取材・文 沖中幸太郎)