喜びと苦しみのはざまで
――こちらにあるグラスの五色の輝きに魅せられます。
篠崎英明氏:
うちにあるグラス類は、基本的に、金赤(金で発色したもの)、青、紫、緑、若草の五色で、細かさがうちの特徴です。クリスタルで表現できる可能性は大きく、重みもあって、輝きも素晴らしいものになります。うちでは、100%自社加工していますが、太い線の中に細かいカットが入っている、スタンダードな江戸切子はあまり作っていません。
切子というとグラスを最初に思い浮かべられることが多いと思いますが、一品ものや花器、それから食器など、お客さんに飽きられない品揃えを心がけています。「今年の新作はどれですか」とおっしゃるお客様も多くいますし「今年は良いわね」とか「これイマイチね。また来るわ」といったやりとりの中で、作っていきます。
――お客さんの声が、励みになる。
篠崎英明氏:
お客さんと直接お話をして、喜んだ顔をして買ってもらえた時は嬉しいですね。個展はそうしたお客様に直接触れ合う機会があり、大変ありがたいことだと思っています。また今は、硝子製品の垣根を越えて、色々な作品に興味を持って見ていますが、他の作品を見て作品づくりに活かせる何かを発見できたとき、喜びを感じます。
大変なことは上げればきりがないですが、ひとつはデザインでしょうか。発想から始まり、1年ほどかけてじっくり作るものもあります。アイデアがなかなか出てこないタイプなので、楽しさ半分苦しさ半分です。喜びと悲しみや苦しみは、同じ比重だと思っています。10楽しいことがあれば10大変なことがある。大変なことがあるからこそ、良いものが作れるのだと思います。
「もっと良いものを」尽きない欲求
篠崎英明氏:
江戸切子は、作り手によってデザイン、表現が様々です。昔からの代表的な紋様をどう組み合わせていくかというのが江戸切子だったのですが、最近の若い作り手の中には、全く違った表現をする方もいますので、多様性も魅力のひとつかもしれません。
江戸時代からの伝統工芸であっても、使う時代は今のこの世の中です。作り手も変化し、色々なところで学び、それぞれがオリジナリティを作り、魅力になっているのだと思います。伝統工芸品は変えてはいけないもの、変えなくてはいけないものがあると思っていますし、そうした違いもお客様には楽しんでもらいたいと思います。
毎日でもいいし、お誕生日やイベントの時など、ご家庭でも少しおしゃれをして食べるような時に、使っていただきたいですね。使い方はお客さんの自由ですから、グラスに、野菜スティックを立ててもいいと思います。作り手も使い手も楽しめる。そんな作品づくりを続けて参りたいと思います。
伝統工芸士としての終わりはありません。私が「もうこれでいいや」と思える時は、おそらく訪れることはないでしょう。「この次は、もう少し良いものを」と思うのが職人です。私の頭の中には欲があって、だからこそバイタリティもあるし、次へ次へと進もうとする気力も湧いてくるのです。
(取材・文 沖中幸太郎)