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「手は心」京指物の技術と心を伝える 

今回のお相手

京指物伝統工芸士の吉田功さん。店舗や室内装飾の大きなものから、手鏡などの日用品に至るまで、繊細な木彫りの美しい品々をつくられています。76歳になる今もなお、作品づくりを通して新しい挑戦を続ける吉田さんは、自らの仕事をして「手は心」と表現します。その言葉に込められたものづくりへのシンプルな想いとは。サラリーマンから職人の世界へ、意外な過去を辿りながら伺ってきました。

作品一覧

アメイジングお箸箱(軍扇)

アメイジングお箸箱(ひさご)

アメイジングお箸箱(末広がり)

塩地拭漆糸巻俎板盆

アールヌーボウ調菖蒲八つ橋象嵌チーク手鏡

松竹梅彫象嵌桐手鏡

椿地透彫手太手鏡

木を知ることから始まる「心」のものづくり



――作業場にお邪魔しています。



吉田功氏:
吉田木芸は、同じく伝統工芸士である長男京司と、家内の三人で切り盛りしています。先代の頃から、すべて自前でできる一貫体制を敷いていましたので、ここですべての工程を賄えるようになっています。丸太を買い付ける段階から、製造、加工、納品まで、今すべてを自前でできるところは、京都ではここだけじゃないかな。

最近は、材料もなかなか手に入りにくくなって……。近隣の県に出向いて購入しています。やはり、丸太を選ぶとこから保管しておく段階まで、どうしても自前でやりたくなるんですね。湿度の違いひとつで、品物の出来やその後の「持ち」に左右しますので。うちのように小さなところは、10年先まで考えて仕入れないといけないのでなかなか大変ですが、これだけはゆずれません。

今の場所に移って、30年くらいでしょうか。狭いですが愛着のある道具に囲まれています。奥の作業場にある糸鋸も、機械ではなく道具みたいなものです。道具には、機械のような画一性がない代わりに、作り手の心が反映されます。こうした愛着のある道具と、こだわりの材料で、長く使えるものを作らせてもらっています。



——その「心」を作品だけでなく、教室を通しても伝えられています。

吉田功氏:
これも私に代替わりする前から開いておりまして、やはりどれだけいいものをつくっても、それを愛してくれる人がいなければ始まりませんから。それで「知りたい、つくってみたい」という人に、最初は自宅で、それから後に、地元京都の百貨店さんや京都市や国の伝統産業施設(「京都伝統産業会館」で京都市主催の“市民工芸教室”や「伝統的工芸品産業振興協会」で同協会主催の“工芸教室”など)で、教室を開いていたんです。昭和63年(1988年)からは、東京でも教室を開いています。もう30年になりますね。

教室では、本職でやることと同じことを同じ道具を使ってお教えしています。いずれ本職と同じものができるように、技術もすべてお伝えしています。そして技術は、やれば身に付いていきますが、その前段階である、「心」についてもお伝えしているつもりです。やはり心がないと、良いものづくりはできないと思っていますから。

私ももともとは、素人です。そもそも私はサラリーマンでしたから。この世界に入ったばかりの頃につくったものは、お世辞にも「ようできた」とは言えない代物でした。けれど、少しずつ、心を込めていけば技術は自然と上達する(もちろん勉強は大切です)。そういうものだと思っています。この仕事に限らずですが、大切なことはとてもシンプルだと思いますよ。

サラリーマンから職人へ 



吉田功氏:
私の前職は、旅行会社です。大学のころより“将来は旅にかかわる仕事をしたいな”と思っていたところ、ちょうど昭和39年入社の4月に日本人の海外観光渡航が自由化になりまして、5年ほど法人営業や添乗員として海外旅行事業部に勤めておりました。添乗員仕事とは言え、その頃にいろんな国に行け見聞出来たことは、今の仕事にも大変役に立っていますね。

ちょうど東京オリンピックが開催され、その後に続く大阪万博を控えて盛り上がっていた頃でもあり、日本が右肩上がりの時代でした。職人の世界も、その恩恵を受け、仕事はたくさんありました。けれど、父の代はそんなことはなくて、いろいろな意味で、職人は厳しい仕事でした。ですから、父に「仕事を継げ」と言われたことは、小さい頃から一度もありませんでしたね。



そうしたこともあって、高校時代は陸上の短距離選手として大会に出ていまして、そのまま社会人チームに入る予定だったんです。ところが、練習中に足を悪くしまして、選手として生きていく道は断念。高3の秋口なってから猛勉強して、なんとか立命館大学に進みました。冗談ですが、あの頃は「結婚するなら京大生、ボーイフレンドを持つなら同大生、用心棒なら立っちゃん(立命館)」って、言われていましてね(笑)。今とは大違いです。

――「立っちゃん時代」は、どんなことをして過ごされていたのでしょう(笑)。



吉田功氏:
何をしていたんでしょうか(笑)。旅ばかりしていましたね。その頃は、大学生も学生帽を被っていましたから、それを被っていると、旅先で皆さん親切にしてくれるんです。そんな体験をしたものですから、「旅ってええな」と。時代の流れもあり、旅や海外への想いはますます募り、それで卒業後に、旅行代理店に就職することになったんです。

なんでも「楽しむ」ことが上達の近道



吉田功氏:
この世界に入るようになったのは、ちょうど父も年齢から仕事を続けるのが難しくなった頃ですね。自宅から会社に通っていましたから、朝、出勤するたびに職人さんたちの働く姿を横目に、考えていたんです。「旅行も、ものづくりも笑顔になれる仕事やな」と。ウチの奥さんはサラリーマンと結婚したつもりだから反対されるかなと思ったんですけど、「そんな気がしていました」とあっさり。その代わり旅行に連れて行くことが条件でしたが(笑)。

――笑。職人の仕事、最初はどんな感じだったんでしょう。



吉田功氏:
小さい頃から、父の仕事の手伝いはしていましたので、まったく分からないという訳ではなかったんです。ですが、到底本職の域には達していないもので、最初のころに作ったものは、今から見返してみれば、そりゃあひどいもんでした。丸い円の板ひとつ、ちゃんとできません。教訓もかねて、その頃につくった品物は、今も取ってありますよ。

でもね、もしその時そこで辞めてしまえばおしまいでしたし、何でもやらなければ始まりません。うちは、機械を揃えていましたから、他の木工所さんから加工の仕事もたくさんあったので、仕事を重ねながら、職人さんたちの仕事を見ながら真似をして、そうやって少しずつ仕事を覚えさせてもらいました。

そのうち、当初考えもしなかった新しい発見が次々とでてきました。「次はこうしたらええんやないか。こうしたらもっと面白いものができる」。そうやって楽しみながら仕事していましたね。あんまり、苦しいとか、そういう感じではなかったです。だから、長く続けられたのかも知れません。

――楽しんで仕事をする。



吉田功氏:
いきなり「好き」になれなくとも、なにかそこに「楽しみ」を見出せば、どんな仕事もそれなりに上達するものです。旅行会社時代も、休みは月に二日。帰りの電車(京阪のテレビカー)で野球のナイターが見られればラッキーなくらい、遅い時間まで仕事していましたが、何か楽しみを見つけようとしていましたね。さらに余談ですが、ウチの次男も会社勤めは合わないだろうと思っていましたが、いつの間にか20年近く勤めています。やっぱり、仕事も「心」がけ次第なんじゃないかなと思いますね。

「自分が貰って喜ばないものはつくらない」
終わりなき道を楽しむ



吉田功氏:
そういうわけで、私の仕事におけるこだわりとは、道具や材料ももちろんありますが、やはり一番は心。「自分が貰って嬉しくないものは創らない」。これに尽きます。そのためにも、自己満足ではなく、どうしたら喜んでもらえるか。

今、京指物に限らず、伝統工芸の世界は次代への担い手が不足しています。私が知っているだけでも、当代で終わりを迎えてしまうところが数軒あります。せっかくの技術が、知られないばかりに消えてしまうのは惜しいことです。ですから、伝統的な技術はもちろん、そこに新しいアイディアを取り入れながら、現代の人の目に触れられる、使い手も作り手も喜べるものづくりを、今も模索しています。

――今はどんな取り組みを。



吉田功氏:
実は今はまた、ちょっと難しい京指物づくりに挑戦している最中なんです。出来た時に見ていただきたいのですが、木と異素材を組み合わせた「今までにないものになるんちゃうかな」と思っています。ああでもない、こうでもない。悩むことが楽しいですね。

新しいアイディアが欲しいときは本を開きますし、分からないことがあれば、インターネットを開けば、さまざまな情報に触れられます。ウチのホームページも自分たちで四苦八苦しながら作りました。

私は今、76歳ですが、考えてみれば、「定年」をとうに過ぎて、まだこうして仕事できるのは大変ありがたいことだと思っています。これからも、変わらず「手に心」で、皆さんが喜ぶようなもの、そして自分も喜べる京指物を、作り続けていきたいと思います。

(取材・文 沖中幸太郎)

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