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京薩摩の伝統美を伝えていく

今回のお相手

「京薩摩を現代へ蘇らせる」――京薩摩・赤絵細描『空女 cu-nyo 』代表の小野多美枝さん。かつて明治から昭和の数十年間のみつくられていた京薩摩。薩摩焼をルーツに持ち、そこに都の豊かな色彩と繊細な色絵が施された作品には、国内はもとより海外にも根強い愛好家がいます。一度は埋もれかけていた京薩摩を現代に蘇らせ、独特のセンスで作品を世に送り出す小野さんの、はじめて陶器に触れた時から、「一生の仕事」に出会うまでの軌跡を辿りながら、「空女」と京薩摩に携わる想いを伺ってきました。公式サイト

作品一覧

赤絵細描 桜詰 香合

華薩摩 小壷

華薩摩 小壷

華薩摩 水滴

華薩摩 香炉

華薩摩 菊詰 小壷

京薩摩 茶碗

京薩摩を現在に蘇らせる職人工房
「空女 cu-nyo 」の現場から



――色彩豊かな「京薩摩」を手がけられています。



小野多美枝氏:
ここでは私と、四人の絵師と一緒に、京薩摩の絵付けを中心に作品を手がけています。京薩摩とは、薩摩焼をルーツに、明治から昭和初期にかけて、おもにヨーロッパへの輸出用の陶器として京都で作られていたもので、京の華やかさと、主に輸出品用で国内流通しなかったことを評して「幻の器」とも呼ばれている陶器です。それらを現代に蘇らせるのが、私たちの工房「空女」です。ここにいる絵師たちは、もともとの私の教え子なのですが、今では師弟関係を超えて、それぞれが専門を極める職人集団として製作に取り組んでいます。



元々は私ひとりでやっていた「空女」ですが、あえて会社組織にしたのは、昔の伝統工芸の在り方の再現でもあって、私たちが手がけている「京薩摩」も、文献によれば、昔は絵付けひとつとっても分業制が徹底されていました。紋を描く人、花を描く人……。それぞれのスペシャリストがひとつの作品を仕上げれば、どこにも負けないいいものができるとも思いました。

また、私がいなくなった後も「場」を作っておくことで、技術は継承されていくとも考えました。伝統工芸は一過性のものではなく、「続けていく」ことこそが重要で、そのために最適なのが工房という形だったのです。

――伝統を継承するための、工房。



小野多美枝氏:
昔から京都では絵付けは、窯元に付随した一部門としての存在だったので、絵付け専業の工房や職人の収入は低く、業界で働く若い女の子の給料が少ないのは当たり前という状況でした。私が「空女」を組織にしたのも、伝統工芸に携わる彼女たちにも普通のOLくらいの暮らしができるようにしてあげたかったからです。ここでは、しっかりした技量を身につけ、きちんとしたものづくりをすれば普通に収入を得ることができるということを示したいと思っています。

伝統工芸という仕事を、普通のものにしたいのです。自分が惹かれた伝統工芸の世界を魅力的に「魅せたい」というのは、私のひとつの大きなテーマでもあります。継承問題は、ここ京都も例外ではありませんが、この仕事に憧れを持つ人がいなければ、どんなに素晴らしい作品を作ったとしても、いずれは消えてしまいます。そもそも京薩摩も、昭和初期にいつの間にか消え、埋もれてしまっていたもので、私はそんな「京薩摩」に魅せられて、ここにいるのです。

「日本一」を目指し、自分の居場所を探し続けた



小野多美枝氏:
小さい頃から絵を描くことが好きな子どもだったようで、漫画家に憧れを持った時期もあります。小、中、高校と陶器や伝統工芸とは無縁の世界で生きていました。私が小学生のころに東京オリンピックが開催されたのですが、そうした影響もあってか、小学生ぐらいの時から「日本一」という言葉が好きで、何かの日本一になりたいとずっと思っていました。

何かを選択する時も、「一番になれるかどうか」が基準になっていて、明らかに自分よりできる人や、ライバルが多そうだったりする分野に関しては、なかなか興味を持てませんでした。自分だけというか、一番になれるマイナーな世界を見つけたいと思っていたのです。流行になった途端に辞めてしまうし、逆にみんなが嫌だと思うところに進んで飛び込むような性格でしたね。高校時代は弓道部にボート部と、この時もマイナー路線ばかり狙っていました。

――一番になれる場所を探していたのですね。



小野多美枝氏:
そういう場所は、なかなかすぐには見つかりませんでした。高校は商業科に進みましたが、商業科目自体には興味がなく、将来会社で働くイメージも持てませんでした。たまたま就職雑誌に載っていた「陶器の絵付け」という仕事があることを知り、「ここなら楽しいかも」と、当時通っていた高校の美術の先生のツテを頼って就職したのが、清水焼きの窯元でした。

途中結婚を経て、陶器の絵付け職人から陶器の販売員まで、あらゆるお仕事を経験しましたが、今のような形で個展を開いて、自分の作品を作るような作家活動を考えていたわけではありませんでした。

ただ、陶器に携わる中で、少しずつ、この世界への興味は深まっていきました。もっと陶器のことを学びたいと、京都府陶工職業訓練校(現:京都府立陶工高等技術専門校) の図案科にも進みました。私は結婚してからも、常になにかしら仕事して、子どもが生まれたあとも、どんな形であれずっと陶器に携わりたいという決心だけは持っていましたね。


ものづくりに通じる
誰かに必要とされる喜び



小野多美枝氏:
訓練校に通っていた時の同期で、京都伝統工芸大学校の先生だった知人から「絵付けの講師をしてほしい」という話が来ました。「面白そうやからやってみよう」と思って、それで講師になったのが約20年前ですね。当時、第何期かの陶芸ブームで、受講者もどんどん増え、1学年100人ぐらいになった時期もありました。私自身が、窯元や訓練校で学んだことを将来の職人さんたちに教えるのは、とても楽しかったですね。教室に入って生徒の顔を見た途端にこちらもテンションが高くなるような、そんな感じでした。

――求められることへの喜びのような。



小野多美枝氏:
ものづくりにも共通した想いかもしれません。やはり人間、誰かに必要とされたいと思っているでしょうし、一人では生きていけないですしね。その中でやっぱり一番嬉しいのは誰かに必要とされていることなんじゃないでしょうか。



そうして、卒業生を送り出すうちに、だんだんと教えるだけでなく、自分も現場で作品を手がけたいという気持ちが出てくるようになりました。自分が教えた卒業生が、いろいろな窯元に入って成長する姿を見て、自分も「負けてはいられない」と影響されてしまったのです。

「一生の仕事が決まった」
一目惚れした京薩摩との出会い



――みずから、第一線に立ちたいと。



小野多美枝氏:
みずからも作家活動をはじめたいと思っていた時に、九谷の『赤絵細描』を目にする機会がありました。京都の赤絵とは、また違ったものに魅力を感じて、図柄や使用する絵の具を自分で調べるようになりました。

独学で赤絵の絵付け修業をしていましたが、さらに京都の三年坂美術館で開催されていた「京薩摩展」で、はじめて京薩摩に出会ったことで、自分のやりたいことがいよいよ定まりました。京薩摩を見た瞬間、その美しさにとても興奮したのを覚えています。「一生の仕事が決まった!」そんな感じでしたね。

当時、土産物程度の京薩摩はありましたが、三年坂美術館で目にしたような、作品としての京薩摩をつくっているところは、調べる限りどこにも存在していませんでした。京薩摩はどんな絵の具を使っているのか、また独学で試行錯誤が始まりました。マイセンのようなヨーロッパの絵の具を使っているということを聞き、ノリタケの洋食器も勉強して、絵の具や筆の違いなど、いろいろなことがわかりました。「これで日本一になりたい」。陶器に携わって随分と年月が経っていましたが、ようやく見つけた私の居場所のような気がしました。



私が考える伝統の伝え方
楽しみながら作品をつくり続けていく



――ようやく見つけた「京薩摩」という自分の居場所。



小野多美枝氏:
京薩摩との出会いは、15年ほどになりますが、携わる中で「きつい」と思ったことは一度もありません。作品づくりで、唸るようなこともありませんし、作品に接している時は、自然に気分が上がっている状態です。

とかく職人の世界は、大将やら先輩に怒られて厳しいのが当然であると言われがちですが、私のやり方は、才能を見つけ、褒めて伸ばす……。女性ならではのアプローチ、共感を大切にするものづくりで、伝統工芸との関わりを実践しようと思っています。私たち作り手自身の気持ちがギスギスしていたら、作品にも自ずと表れてくると思うのです。

――みずから楽しみながら、作品を作り続けていく。



小野多美枝氏:
新しく考えたデザインが、いい作品に仕上がった時。生地専門の職人さんがつくってくれた良い生地に絵付けをして、それが形になり、驚くようないい作品ができた時は、最も嬉しい瞬間です。そして、お客さんが、私たちの京薩摩を手にして、若干なりとも感動してくれているのを目にした時は、作って良かったと感じます。私を含めて、みんながそういう作り手を目指していると思います。



そして大切なのは、こうしたものづくりを続けていく「場」を維持していくこと。
私のところにいる絵付け師さんたちも、私も舌を巻くほど上達していますが、私の役割は、その上手な人たちをまとめて、ひとつの作品にすることかなと思っています。そして、この先もずっと、京薩摩の絵付けが途絶えることなく続いてほしいと願っています。行き着く先はまだまだ模索中で、おそらく終わりがないとは思いますが、わたしたちの京薩摩への愛情を、作品を通じて感じて頂けるものづくりを、これからも続けていきたいと思います。

(取材・文 沖中幸太郎)

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