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無限の可能性を秘めた“印伝”の魅力

今回のお相手

山梨県甲府市にある「印伝の山本」。現在三代目として活躍するのが山本裕輔さん。日常に豊かなデザインを手軽に取り入れることができる印伝は、さまざまな年代に愛されています。そうした「愛されるものづくり」はどのようにして生まれたのか。進化する伝統を生み出す山本さんの軌跡を辿ってきました。

作品一覧

手帳型スマホカバー

二つ折り財布

長財布

暮らしの中に届ける甲州印伝



山本裕輔氏:
昭和の始めごろ、甲府市内には印伝の製造企業が約20軒ありました。戦争中の皮革統制と、空襲による壊滅的な被害のため甲府市内の印伝産業はいったんリセットされたため、今、印伝の組合に所属しているほとんどの企業は、戦後に創業されていて、他の伝統工芸と比べて“新しい”のが特徴のひとつです。

戦後の甲州印伝業界は、問屋さんや行商人向けの商売で発展を続けました。1980年代には、百貨店での物産展などに出展、消費者向けの商売に力を入れ、バブル崩壊後の不景気な時代ですら売り上げは右肩上がりを維持していました。2000年代以降も順調に売り上げを伸ばしているなど、他の伝統工芸産業とも、少し様子が違うんです。

「印伝の山本」も、戦前、印伝の会社に勤めていた祖父が、フィリピン出征から帰国した後、甲府で創業したのが始まりです。二代目の父の頃まで隣町の自宅兼工房で印伝づくりを続け、15~16年前、工房をここに移しました。

現在は、私と弟・法行が印伝を伝承するべく修業を続けています。最近は、ここで製作する傍ら、月に一度くらいのペースで、東京をはじめ、全国の大都市圏を中心に、百貨店で開催される物産展に出展しています。物産展にはなじみのお客様も足を運んでくださいますが、まだ手にしたことのないお客様にも、印伝の魅力に触れていただきたいと、そうした窓口として、出展させて頂いています。

また、伝統工芸青山スクエアなどで印伝の柄付け体験イベントを開催したり、より印伝を身近に感じていただけるような、しおりやスマホカバー、ブックカバー、名刺入れ、万年筆などを開発しています。アニメ“銀魂”のカードケースなどは特に好評で、たくさんの反響をいただきました。



――印伝に対する愛情がそこかしこに見られます。



山本裕輔氏:
家業をつぐように言われたこともなく、さまざまな将来像を思い描く中で結果的に家業を継ぎ、印伝の道に進むようになったのは、子どもの頃のある“憧れ”がきっかけでした。


輝きを放っていた父親の「盾」



山本裕輔氏:
私は小さい頃、プラモデルや粘土細工など、自分の手をつかってものをつくることが大好きでした。近所の自動車整備工場で働く大人たちを見て、「自分もいつか」と、自動車屋さんに憧れていたのを覚えています。

父も母も仕事が忙しかったので、私は勉強など何かを強制されることもなく自由奔放に育ちました。家では、ゲーム漬けの日々。当時読んでいた『ファミ通』という雑誌で、シナリオライターの記事を読んだり、掲載されていたシナリオの下書きノートを読んでいるうちに、自動車屋さんから、ゲームのプログラマーやシナリオライターという職業に憧れるようになっていきました。

――山本さんの将来像はゲームの中に。



山本裕輔氏:
RPGゲームにでてくるような“騎士”や、“召喚士”といった「士」のつくキャラクターに本気で憧れていたんです(笑)。ところが、私が中学校2年生の時に、そうしたゲームよりももっと自分を夢中にさせるもの出会いました。そのきっかけは、父の盾、でした。

――盾、というのは?



山本裕輔氏:
甲州印伝が伝統的工芸品に指定されたのち、父が伝統工芸士に認定されたんです。それでその時の、通産大臣から盾(認定証)をいただいて帰ってきたんですね。その盾が、なんだかゲームの世界のかっこいい「アイテム」のように見えて……(笑)。とにかくまぶしくてかっこ良かった。その時はじめて、ゲームの世界だけでなく、現実の世界で“士”のつく職業があるということを知り、自分も“伝統工芸士”になって、その「盾」をもらうんだと、そう考えるようになっていったんです。

伝統工芸で現代を生きるために必要なこと



――父親の「盾」が、この道に進むきっかけになった。



山本裕輔氏:
「家業を継ぐように」なんて一言も言われたことはありませんでしたが、その“憧れ”だけで十分でした。中学校卒業と同時に、印伝業界に入るつもりでしたが、進路指導の場で担任の先生から高校進学を勧められました。山梨県内にある総合学科の高校なら、これから印伝で生きていく上で必要な一般的な知識、パソコンのプログラミングの勉強もできるだろう、と説得されたんです。確かにそうかな、と。それで総合学科のある高校へ進学しました。

高校では、特にインターネット関連の勉強に力を入れていましたね。将来、自分たちの業界、印伝を多くの人に伝えるために役立てたいと思ったからです。ただ、だんだんと学んでいくうちに、高校の勉強だけでは不十分だ、もっと学びたいと考えるようになっていきました。

当時、テレビなどではしきりに「伝統工芸は斜陽産業」「商品が売れない」と報道されていました。そこで、印伝という伝統工芸分野で生きていくには、技術だけではなく流通やマーケティングといった経営の知識も必要だと、そのためには大学に進んで、もっと勉強する必要があると判断したんです。

ただ、それまでずっと高校を卒業したら働こうと考えていましたから、受験勉強はさっぱりでした。どうにか、現役で大学進学をできないかと考えた末に選んだのが、自己推薦。これなら、というかこれしか自分が大学に進学できる可能性はないと考え、面接では、ひたすら自分の経営ビジョンを説明しました。それで、なんとか大学に進むことができたんです。

地元を離れ、あえて首都圏にある大学を選んだのは、将来、甲州印伝を使ってくださる都市圏の生活を見てみたいという想いからでした。小田急線の満員電車、新宿駅のホームで寝ている人、リクルートスーツの学生、東京のお祭り、おしゃれな店構え、などなどさまざまな“都会の暮らし”を垣間見ることで、山梨だけでは見えない世界を見てみようと思ったんです。これは、その後、実際に商品を作って届けるにあたり、とても役に立っています。やはり実際に使ってくれる人のことが想像できないと、作っているだけでは届かないですから。


印伝の世界を自ら楽しむ



山本裕輔氏:
そうして、節目節目で将来、自分が印伝で生きていくために必要だと思うことを少しずつ積み重ね、この業界に“満を持して”入ることができました。最初の二年間、父のもとで修業を重ねていましたが、売り上げは順調でした。

しかし、3年目~4年目頃から売り上げが伸びなくなりました。原因を分析すると、商品ごとの売り上げ点数の減少とともに、そもそもの物産展の来場者、百貨店の来客数が減少していることがわかったんです。百貨店自体の経営が厳しくなり、百貨店同士の統合・合併、店舗の閉鎖といった動きが加速し始めた時期でした。自分たちの経営戦略を見直し、お店に足を運んでいただくにはどうすればいいか、を考えはじめました。

その頃から、積極的に“表”に出るようにしたんです。全国伝統的工芸品コンクールなどに積極的に出品する。情報も、みずから積極的に発信するようになりました。自分でまとめたプレスリリースを地方紙や記者クラブ宛に発信したんです。記者さんが集まる場にも積極的に出て行きました。

そうして徐々に、地元の新聞社さんから取材を受けるようになり、その記事を見た方々が来店してくれるようになりました。そうして少しずつ、今の経営の土台を積み上げてきました。



――常に動くことで、必要な取り組みがわかっていく。



山本裕輔氏:
そうして動くことができたのも、やはり自分自身が印伝の魅力に惹かれているからだと思います。印伝は、数ある伝統工芸の中でもすごく自由だと感じています。できあがりの状態は2D・平面ですが、そこから財布やスマートフォンカバー、さらにはオブジェクトなど色々な3D・立体構造に形を変えていくことができる……。まだまだできることがあって、これからが楽しみなんです。

一方で課題もあります。現状、甲府は印伝の産地として登録されていますが、それを知っている人はあまりいないように感じています。少なくとも、自分が届けたいと思う理想の形ではありません。印伝を伝え広めることによって、甲府を印伝の産地として定着させることが、やるべきことのひとつだと思っています。

実は印伝の原材料は、革も漆も輸入にたよっています。技術だけが日本のものという現状です。私は、国産にこだわったものづくりを実現するため、“ウルシナシカ”というプロジェクトに参加し、山梨県の資源を有効活用するために狩猟、捕獲された県産の鹿皮をつかった印伝づくりに取り組んでいます。このプロジェクトを成功させ、いずれ漆も革も国産のものを使った、本来の印伝の姿を取り戻したいですね。こうして課題をゲームのように「クエスト」として捉え、楽しみながら、これからも甲州印伝の世界に深く入り込んでいきたいと思います。

(取材・文 沖中幸太郎)

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